ツーリスト
(車はあまりにも無難な白。シートをゆったりと倒す。夜。
なんとなく黙り込んでいる。音楽が鳴っている。
そしてアウトロに近付く。すっと抜けていく。
その合間を待って、口を開く。)

Dr 傷心?
Ba ……うるせえなあ
Vo やーいショーシンモノー
Ba 降、り、ろ
Vo 道路のド真ん中ですー。降ろされたらひかれちゃいますぅー。
Dr あーVoかわいそー BaがVo見殺しにしたー
Ba (カーステレオのVolを上げる)
Dr (苦笑。ソフトドリンクでひとり乾杯)
Vo (窓の外を眺める)
Ba 選曲は、おれね
Dr まあ、あんたの誘いだし
Vo 失恋ソング?
Ba ちがう、上手く言った場合の曲
Vo じゃ、ラブソングだ
Dr マゾ?
Ba お前ら本当に降りろ
Vo Baが一緒に乗ってくれって頼んだんじゃん
Dr 突然電話されてさ (スナック菓子を開ける)
Vo (手を伸ばす。ハンドルを握るBaに食わせる)
Dr (ブレス) 振られた海に友達連れてく夜のドライブ。
Vo 傷心ドライブ。
 ねえこのまま車で海突っ込んだりしないでね? このメンバーで心中とか絶対ヤだかんね?
Ba (アクセル踏む)
Vo !!
Dr (ニヤリ笑う)

(そのまま、なんとなく無口になる。明かりが流れる。その速度を、Voはぼんやり眺めている。頬杖をつくDrが何を見ているのか、車を走らせるBaが何を考えているのか、Voには分からない。真面目くさった横顔。)
(音楽が流れている)
(いい曲だ)
(やがてアウトロ)

Ba ラブソングばかりだ
Dr ああ
Ba 僕もラブソングを歌った
 ラブソングを作った
 ラブソングを弾いた
 ラブソングを聴いた
Dr (「君と僕」「お前と俺」「あなたとわたし」が歌った、たくさんの歌のことを思い出す)
Ba ……おれは、振られたのかな?
Dr ……あんたがそう思うなら、そうだよ
Vo もう来ないでって言ったの? もう会わないって言われたの?
Ba なにも言わなかったんだ

(流れる光)

Ba 気付いたらいなくなっていた
 いっつもそうなんだよ。
 おれが恋に落ちる前に相手はいなくなっちゃうんだ。
 ちゃんと恋をする前におれはいつも振られるんだよ。
 おれは初恋もできねえんだ
Vo (ミラーを見つめる)
Ba だけど音楽は恋のうたばかりだ。みんなどこでそんなことが起こってるんだろう?
Dr ……小説の読み過ぎだ
Ba かもしれない
Dr 安全運転
Ba うん

(対向車のカーラジオは何を流しているんだろう?)

Ba “ふたりだけの世界”とかさ、言うじゃん
Vo そういう曲?
Ba なんだって全部。
 ふたりだけの世界。どこかとても遠くにある王国。世界に愛しあうふたりがふたりっきりで、ふたりだけで踊ってようぜ、ことばはいらない、君以外いらないって。
Dr ……
Ba でもそんなのないんだ
 なかったよ
 ふたりっきりなんかなれないんだ
 建物があって、街灯があって、車が走っている。どこがふたりっきりだ。
 向こう側には必ず誰かがいる。街んなかでどんだけおれがどうしようもない人間でも、必ずおれは何らかの内側にいるんだ。
 組み込まれているのかもしれない。はじめから。
 そうだと思う。
 ふたりがさ、そのなかから逃げて、ふたりっきりで、それだけで世界が成立するっていうの。
 おれにはそういうの出来なかった
 (だからたぶんあの子をどこか遠くに連れていくことができなかった)

Dr …… 出来ないからうたにするんじゃねえの?
Ba ……
Dr せめてうたの間の5分間はふたりっきりになれるように
Vo “ここではないどこか”に
Dr その、何て言うのかな。そういう風に、時間を変えていかないと、どうにもならないっつうか。現実じゃ無理だから。別の時間をつくんなきゃいけない。
 今おれがこうしている時間と重なってさ。別の時間がある。同時に。この時間の上にも下にも横にも別々の時間が流れている……
 誰か…… 立ち寄れるような時間を、作んないといけない
Ba ………………そうかも
Ba ……
Ba あ――、なんか! ね! こっ恥ずかしいな!
Vo ちょ、だいじょぶ?
Ba あー うん 大丈夫 別に視界が滲んだりとかしてねーし 目からウロコも落ちてねーし もー全然大丈夫
 どこまでだっておれは行けるよ マジ マジ大丈夫
Dr お前さあ……
Ba ね、もうすぐ海だ。海沿いに出る。もうちょっと走ったら適当なところ見つけて、車停めよう。で、ちょっと歩こうよ。夜だよ。夜の海辺を歩こう。闇だ。闇だろうなあ。さざなみばかり聴こえてさあ。

(カーステレオのVolを上げる)
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